8/14放送 地域おこし協力隊に就任!②

2025年8月14日

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昨日に引き続き、今年の7月から和歌山市の地域おこし協力隊に任命された大谷心路さんにお話しを伺います。

Q 大谷さんはどうして地域おこし協力隊になろうと思ったのですか?
私の地域おこし協力隊としての業務内容が和歌山市のシティプロモーションになるのですが、今回、暮らしながら伝える、というスタイルに惹かれたのが大きな理由になっています。
自分がその土地に根をおろして生活をすることで、よりリアルな目線で魅力を伝えられると思いましたし、町のひとたちとの関係性も自然に築いていけるという点に魅力を感じました。

Q 住むことによって見えてくるものがありますし、また外から来ることによって、私たちが気づかないことにも気づきますよね。ちなみに大谷さんはどちらの出身ですか?
出身は北海道になります。高校までは地元で過ごしていて、大学からは東京で暮らしていました。

Q 大谷さんが和歌山を選んだ理由はなんですか?
学生時代から日本各地を旅行して回るのが好きで、あの頃からいつか西日本にも住んでみたいな〜という気持ちはありました。
その中で海や山に囲まれた自然環境に心を惹かれた、というところと
和歌山市の暮らしと都市機能のバランスがほどよい所に魅力を感じました。

Q 和歌山市に来てみて、まだ短いですが、住みやすさなどはいかがですか?
とても住みやすいと感じています。元々、自然豊かな環境で育ったので和歌山の風景に触れると自然とおちつくような感覚になります。
後は、ごはんが美味しかったり、和歌山城やブラクリ町の街並みもすごく好きで、少しずつですが和歌山の暮らしが自分の中に馴染んできている。そんな実感があります。

Q ちなみに好きな食べ物はありますか?
梅干しがすごく好きです。

Q 大谷さんの任務としてPR動画を作成するということがありますが、どんな動画を作っていきたいとか、展望はありますか
何気ない日常の中の魅力を切り取れるような動画を作っていきたいです。観光地であったりとかイベントごとだけでなく地元の人の暮らしや仕事、日々の営みにもスポットを当てて、見る人が和歌山っていいな〜、っと感じられるようなコンテンツを目指していきたいです。

Q それは和歌山市民にとってもみてみたいですね。イベントって見ることがあるのですが、日々の生活、同じように生活をしている人がどういう人がいるんだろうって、意外と市民の私たちも知らなかったりするので期待しています。
最後に市民の方へのメッセージをお願いします。
動画や記事は「わかやまシティライフ」で随時発信していますので、是非ご覧をいただけると嬉しいです。
また、取材を通して直接市民の方と関わることも多くなると思いますので、その際はよろしくお願いします。

8/13放送 地域おこし協力隊に就任!①

2025年8月13日

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今年の7月から和歌山市の地域おこし協力隊に任命された大谷心路さんにお話しを伺います。

Q 地域おこし協力隊、聞いたことがありますが、具体的にどういった取り組みをされているのですか?
地域おこし協力隊は、都市地域から過疎地域等の条件不利地域に住民票を移動し、地域ブランドや地場産品の開発・販売・PR等の「地域おこし支援」や、農林水産業への従事、住民支援などの「地域協力活動」を行いながら、その地域への定住・定着を図る取組です。
隊員は各自治体の委嘱を受け、概ね1年から3年の任期で地域協力活動に従事しています。

Q 和歌山市では大谷さんの他にも活躍されている地域おこし協力隊の方はいらっしゃるのですか?
現在、私を含めて3名おり、加太地区と山東地区でそれぞれ1名の地域おこし協力隊員が活動しています。それぞれ空家対策や地域活性化に取り組んだ活動をされています。

Q その中で大谷さんは和歌山市での地域おこし協力隊として、どういった活動をしていく予定なのでしょうか?
地域おこし協力隊にもいくつか形態があるのですが、私は企業雇用型地域おこし協力隊として活動していて、和歌山市にも拠点を持つシビレ株式会社に所属しています。その中でローカルディレクターという立ち位置で和歌山市の魅力やそこで暮らす人々の思いを動画や記事を通して発信していく予定です。
地域の方にとっても改めて地元の良さに気づいていただけるような情報を届けていけたら、と思っています。

Q 大谷さんが作成する動画はどこでみることができますか?
「Wakayama City Life」という和歌山市公式のシティプロモーションメディアのYouTubeからご覧いただけます。

Q そのサイトには前任の方が作られた動画も多数掲載されていますよね。私もチェックさせていただきましたが、本当に楽しい動画がたくさんありますよね
ありがとうございます。私も着任前から見ていて、とてもユニークで温かみのある内容だなと感じていました。今後もそういった和歌山市の魅力が伝わるコンテンツを発信していきながら新しい取り組みもしていきたいと思っています。

Q いつから掲載していってるのでしょうか?
令和5年から発信をしています。

Q サムネイルを見ているだけでも楽しくなるような、あの人出てるかな〜、といった感じですが、どんな人が登場してるのでしょうか?
和歌山市の職員の方や和歌山市で活躍している人、頑張っている人、輝いてる人などが出演されています。

色々な人を通して、和歌山市の魅力を伝える。それが広がっていく。そして、楽しさも広がっていって、なかなかいい動画になってますよね。
動画も是非みなさんご覧になってください。
明日も引き続き大谷さんにお話し伺います。ありがとうございました。
Wakayama City LifeのHPはコチラ
動画一覧はコチラ

7/30放送 有吉佐和子文学者(滝本さん)②

2025年7月30日

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昨日に引き続き、第二回「有吉佐和子文学賞」で奨励賞に選ばれた、開智中学校の滝本昇生さんにお話を伺います。

Q 昨日の放送で、受賞した作品の紹介をいただきましたか、このお話に出てきてる。亡くなられたおじいさんの忘れられない言葉をもう一度、教えてもらっていいですか?
「来年も年明けはここに集まってご飯を食べような」という言葉です。この言葉はおじいちゃんが年明けに親戚が集まってご飯を食べ終わり、帰る前にいつもかけてくれた言葉です。おじいちゃんがいなくなった時、私は一つの言葉の重要性に気づかされました。

Q そこにおじいちゃんへのどういったことを感じましたか?
おじいちゃんが亡くなったというのもありますが、次がまたいつか会えるという意味があり、とても嬉しかったです。

Q この言葉を自分がおじいさんになった時にも言いたい、という内容だったのですが、応募する作品のテーマとして、どうしてこのテーマにしようと思ったのでしょうか?

このエッセイを書く時になった冬休みにおじいちゃんの納骨がありました。その思い出を文章に書き表そうと思ったからです。

Q おじいちゃんがあって、このエッセイが生まれたということで、おじいちゃんのおかげでもありますね。
文章を読んでいても、本当に感動的な内容で、まとまっていて読みやすいなと思ったのですが、この文章は中学一年生の時に書かれた、ということなんですよね。書くのに時間がかかったんじゃないかな、何度も考え直したんじゃないかな、まだ中学一年生ということも考えたら、すごく思うのですが、その辺りいかがですか?
内容をしっかり考えましたが、何度も書き直すということはあまりしませんでした。気持ちがどうやったらいかに伝わるのか、ということを考えて下書きを書き、それを清書しました。

Q それは全部一人でやったんですか?
はい、一人でしました。

Q 大人でも文章を書くということは抵抗がある人も多いのですが、もともと文章を書くことは好きだったのですか?
そんなに好きではありませんでしたが、読むことは好きでした。

Q 今までにもエッセイや作文を書いたり、というのはされていましたか?
いいえ、そこまでしていませんでした。

Q 今回の有吉佐和子文学賞への作品が本格的に、気合を入れて書いた作品になりますか?
はい、そうです。

Q それがいきなり受賞!びっくりですよね。
とてもびっくりしました。

Q 和歌山市で第三回有吉佐和子文学賞も秋ごろに募集をする予定、とのことですが、今後、応募を検討されている方へアドバイスがあればお願いします。
難しく考えず、心の赴くままに気持ちを素直に伝えることが大切だと思います。是非、チャレンジしてみてください。

第2回有吉佐和子文学賞実施結果


7/29放送 有吉佐和子文学受賞者(滝本さん)①

2025年7月29日

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今回は、令和7年1月に募集をして、6月に授賞式が開かれた第二回「有吉佐和子文学賞」で奨励賞に選ばれた、開智中学校の滝本昇生さんにお話を伺います。

Q 今回、奨励賞に選ばれ、受賞されたとのこと。おめでとうございます。
一般と中高生合わせて1512作品の応募の中から作品が選ばれた、と聞いてどんな気持ちでしたか?
嬉しかったです。先生も一緒に喜んでくださったのでがんばって書いて良かったな、と思いました。

Q 家族はどうでしたか?
家族も一緒に喜んでくれ、自分の応募した作品が受かって、本当に良かったな、と思いました。

Q 先日、有吉佐和子記念館で開催された授賞式にも行かれたとのことですが、参加されていかがでしたか?

市長から表彰状をいただきました。他府県からも受賞者が来ており、大きな賞だなと改めて思いました。最優秀賞を受賞された方の挨拶も素敵でした。

Q この有吉佐和子文学賞というのは400字詰めの原稿用紙2枚以上5枚以内の「エッセイ」の作品を応募するというものなのですが、どうして、応募してみようと思ったのでしょうか?
冬休みの宿題で提出されました。おもしろうそうだったので、是非がんばって書いてみようかな、と思いました。

Q 学校の宿題の中にこのどれかをしておいで、というのがあったということですか?
いいえ、作文を書いてきてください、という宿題でした。

Q 作文を書くということには特に抵抗はなかったですか?
少しありましたが、自分の気持ちをどうやったら表せるか、ということを考えてとても楽しかったです。

Q  受賞された作品をせっかくなので一部を読んでいただきたいな、と思うのですが、お願いできますか?タイトルとその一部お願いします。

「いつか必ず言いたい言葉」滝本昇生
   〜略〜
 その年の年末におじいちゃんは亡くなった。そのとき、小学六年生だった僕は久しぶりに人の死というものを実感した。その死は三歳の時に亡くなったおばあちゃんの死より強く感じた。
 そしてもう一つ強く感じられたものがあった。
 それあh、おじいちゃんの言葉だ。
 おじいちゃんは一つの言葉の重みというものを僕に教えてくれた。
「来年もみんなで年明けはここに集まってご飯を食べような」それは僕がおじいちゃんになった時に必ず言いたい言葉だ。
 おじいちゃんの教えを心にとめていつか必ず孫に言いたい。
 そのためにも僕はこの忙しい毎日を生きていきたいと思う。
 僕の大好きだったあのかっこいいおじいちゃんのようになりたいから。

ありがとうございました。
エッセイの内容についてはまた、明日伺います。
第2回有吉佐和子文学賞実施結果

7/17放送 海水浴シーズン到来!ライフセーバーさんのお話②

2025年7月17日

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昨日に引き続き海水浴を守る大阪ライフセービングクラブ谷口博信さんにお話を伺います。

Q 海水浴でおこる事故はどんなものが多いですか?
日本全国でもそうですし、我々が見てます片男波海水浴場についてもそうなんですけれども、基本的に、事前に溺れないように管理をするのですが、一番多いのは足を切ったりとか、くらげとかいった生物に刺されるとか、そういったことが多くなってるのかな、と、思います。

Q そういう時もライフセーバーの方は出動するのですか?
パトロール本部というライフセーバーが待機している場所に、お客様が来ていただいた時に対応させていただいている状況ですし、パトロールの時にもそういった方を見つけられたらお声掛けをさせていただいてますので、都度対応させていただいてます。

Q パトロールしてる時は何かわかりやすい服装とかあるのでしょうか?

パトロールしているメンバーは認定ライフセーバーの資格を持っていますので日本ライフセービング協会から活動するための服装を準備されています。

Q じゃあ、その服装を見た方に何かあれば声をかけると良いんですよね。
黄色いパト着といわれているものと、赤いパンツを履いてますので、すぐわかるかな、と思います。

Q 実際、海水浴場というと子ども連れ、家族連れが多いかと思うのですが、子どもの事故はいかがですか?
子どもの事故もそれほど多くはないのですが、片男波に関しては。
ただ、やっぱり子どもさんから目を話す親御さんというのが非常に多い状況になっております。海水浴場に来た時に、支度をしている間に目を離してしまうとか、片付けの際に目を離してしまうとか、非常にリスクは高いですので、しっかりとお子さんを見ていただきたいなと思います。

Q よくあるのが波打ち際だったら「そこまでよ」「波打ち際だけだよ〜」というのも、そういう時でも目は離さないほうがいいですか?
そうですね。波に足を取られるというお客様も結構多いので、そこでもやっぱり親御さんに見ていただきたいな、と思います。

Q 海は風や波などの自然環境による危険もあると思います。特に注意する点などありますか?

浜側に向いて吹く風であれば、強風であれば浜側に戻って来れますので、リスクは幾分下がるのですが、逆に沖側に風が吹くと流されてしまう、というパターンがあります。特に大きなフロートを使っているお客様につきましては風で沖側にどんどん流されていきますので、その辺りは風の状況を見ながらでも良いですので注意いただけたらな、と思います。

Q 海水浴での危険を防ぐため、準備した方がいいものなどはありますか?
熱中症というは結構起こる可能性がありますので、水分とかも摂っていただきたいですし、日陰になるようなテントとかも準備して来ていただけたらな、と思います。

Q 最後に市民のみなさんに向けて、谷口さんが伝えたいことをお願いします。
海水浴場って怖いイメージを持たれてる方もたくさんいらっしゃるかもしれませんが、リスクはあったとしても、ルールをしっかり守っていただいて、来ていただくことで楽しい海水浴になるかな、と思います。是非、片男波海水浴場に来ていただいたら、という風に思いますし、ライフセーバーもそれほど多いわけではないのでライフセーバーになりたい、という方がいましたら、大阪ライフセービングクラブのホームページからご連絡いただければな、というふうに思いますので、よろしくお願いいたします。
大阪ライフセービングクラブのホームページはコチラ

7/16放送 海水浴シーズン到来!ライフセーバーさんのお話①

2025年7月16日

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今日は海水浴を守る大阪ライフセービングクラブ谷口博信さんにお話を伺います。

Q ライフセーバーという職業は夏になればよく耳にしますが、どういった活動をされていますか?
夏場、7月8月は海水浴場での安全管理なのですが、ライフセーバーは5月から大体10月末くらいまでのほとんど1年間活動していまして、海水浴場での活動以外は「オープンウォータースイミング」とか「トライアスロン」の安全管理をしています。

Q 今、実際に片男波海水浴場に来ているのですが、ここ以外でいつ、どこで活動されているのですか?
和歌山であれば片男波海水浴場以外にも、磯の浦海水浴場や白良浜海水浴場といったところで活動をしている状況です。

Q 特に海水浴場が開かれている2ヶ月はすごく忙しくなると思います。どんなメンバーが何人くらい活動されているのすか?
7月8月と海水浴場開設期間につきましてはやっているのですが、大体メンバーとしては8割くらい大学生になってまして、2割は社会人になっています。
社会人は週末しかお休みがないので平日については大学生が対応して、週末だけ社会人が入ってくるような感じです。大体1日10名くらい、という形になるかな、と思います。

Q 夏休みだったら、大学生たちも夏休みになっていてどっぷりとライフセービングに集中できるわけですね。
そうですね。住み込みでずっと海水浴場で活動する、青春というか、そういった機会になるかと思います。

Q 実際にライフセーバーとして働くには、資格は必要になってくるのでしょうか?
日本ライフセービング協会が発行してます「認定ライフセーバー」という資格がありますので、その資格を持った人間がライフセーバーとして各浜に配属されるという形になります。

Q 気になるのがその認定制度なのですが、実際に座学であったり、実技であったり、どんな内容になってくるのですか?
座学はもちろん心肺蘇生法であったり、ライフセービングの今までの実績や背景やそういったところの学習をしつつ、浜ではライフセーバーが実際に活動するために必要なレスキューボードとかレスキューチューブ、そういった救助機材をどういった形で使うか、といったところを実際に体験していただいて、身につけていただくということになるかな、と思います。

Q トレーニングとして砂浜を走ったり、何m、何km泳いだり、というのはあるのですか?
「ランスイムラン」というのがあって、浜を走って、海を泳いで、また戻ってきて走る、というような非常にハードなトレーニングもあります。身体能力も必要ですけれども、座学での知識も必要になってくるかなと思います。

Q 「ランスイムラン」まさにライフセービングの動きですね。
見つけた→走った→海に行った→助けて→また戻ってくる。
いかに早く溺者を浜にあげるか、というのが大事になってくるので、そういったスキルは必要かなと思います。

明日も引き続き伺います。
大阪ライフセービングHPはコチラ

7/10放送 知ってるようで知らない和歌山城の歴史②

2025年7月10日

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昨日に引き続き、和歌山城に来ています。和歌山城整備企画課の伊津見孝明さんです。

Q 昨日は本丸からの和歌山城の天守閣を眺めたのですが、今日は天守閣にやってまいりました。
今いるのが入り口ですね。

通称「楠門」江戸ん時代の名称は「天守二の門」と呼ばれている門の前に来ています。
まず、見ていただきたいのが、左右に広がる野積の石垣です。豊臣時代に築かれた石垣です。

Q 石垣に歴史を感じさせるような、色が違ったり、形が違ったりですね。
そうですね。形も自然の石をそのまま積んだり、あるいは割り出してきているけど加工はせずにそのまま積んだり。それをうまいこと組み合わせて積んでいる、というところに当時の築城技術の高さを垣間見ることができます。

Q 美意識の高さも垣間見られますね。
そうですね。美意識でいうとこの天守二の門をくぐった奥に大きな石があるのですが、鏡石といわれる石になります。

Q この鏡石には何か意味があるのですか?
よそのお城でもよく見られるのですが、こういう主要な出入り口のところに大きな石をはめこむことで城主の権威の強さというものを来城者に見せつけるという、そういう役割があったといわれています。

Q 真正面に鏡石がありまして、ちょっと右手を見ますと、ちょっと色合いが違う石が見えるのですが、これは。
元々はこういう色をしていなかったのですが、今から80年前の和歌山大空襲で和歌山城の天守が焼失した時に石垣も一部被災をしていて熱を受けた跡になります。

Q 色々な歴史を感じながら、門をくぐって天守閣の真正面まで移動しましょうか
はい

Q 今、天守閣の足元にいます。見上げると圧巻ですね。
今、目の前に見えてますのが三層の三階建の大天守になります。

Q 下から見ると屋根、屋根、屋根って感じですが、特徴ありますか?
実は下から見上げると軒先の部分が1階部分と、2階3階部分とはズレてるというのが見て取れます。
どうしても地形に合わせた形で石垣を積んでいるため、実は1階部分がズレた平面になってるんです。平面として歪んでいるので、それを調整するために2階3階を正方形にして調整しているという、そういう工夫のあとになります。

Q 右手には天守閣があって、真正面にあるのが入り口。この入り口には名前はあるのですか?
この目の前にある入り口は「玄関」でいいですけれども、ここは2階建の小天守につながっています。なので直接大天守に我々が上がることはできなくて、一旦、小天守に入ってから中の廊下を通って大天守にあがります。

Q その玄関、小天守の左にあるのは、これは。。誰がいた場所になるのでしょうか?
台所になります。ここは戦の時に籠城した時に中で調理をしたりするような場所になります。

では、次回、いよいよ天守閣の中に入ってまいりますが、今回はここまで。
ありがとうございました。

7/9放送 知ってるようで知らない和歌山城の歴史①

2025年7月9日

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今回は「知ってるようで知らない和歌山城の歴史」について和歌山城整備企画課の伊津見孝明さんにお話伺います。今回もお出かけバージョンとなっています。

Q 今日、やってきましたのは二の丸からずっと石垣のある階段を登ってきまして、右に行くと天守閣、でもその天守閣に行く前に左手にある本丸御殿跡に来ています。ここはどんな場所になりますか?
豊臣秀長が和歌山城を造った時につくられたとされている曲輪になりまして、浅野時代、その後の徳川時代には本丸御殿といわれる建物が立っていたところになります。

Q ここの場所、改めて立ってみると西側真正面に天守閣がどどーんと目よりちょっと高いかな、という位置にあって、迫力がありますね
大天守と小天守が揃って撮影できる良いスポットになりますね。

Q ここの名前が本丸御殿跡ということは、やはりここも活用していた時があった、ということですよね。
そうですね。具体的な動きが文献上で見えてくるのは浅野時代からなのですが、ここに本丸御殿があって当初はここが藩主の生活と政治の拠点だったといわれています。

Q どんな建物だったんですか?
面積が狭いのでそんな大規模な建物は存在しなかったのですが、やはり藩主と家臣が謁見する、対面するための広間や、料理をするために作られた台所とか、そういった建物が並んでいました。

Q 生活をする、といった感じなんですね。
そうですね、生活とあとは政治もここでおこなっていたという風に考えられrています。

Q ここに立って、私は真正面に見える天守閣が見応えあるなと思ったのですが、ここに来られた方に是非、これを体感して欲しいとか、何かありますか?
そうですね、現在は面積の半分が水道施設になっている関係で本丸は全部入れないのですが、やはり午前中であればこの大天守と小天守が揃ってきれいに見ることができますので、まずはこの眺めを楽しんでいただきたいな、と思います。

Q 海外の方や観光客の方が来られたら、まずこちらに案内して写真を撮る、というのも最高ですね。
そうですね。ここで記念撮影をされる団体さんとかもありますので、結構、もしかしたら観光客の方たちには知れわたっているスポットなのかもしれません。

Q すてきな場所に今は建物が何もないのですが、なくなってしまった背景はあるのですか?
明治になって城が使われなくなってから本丸にあった御殿なども順次解体撤去されて今のように何も江戸時代の建物がない状態になっています。

Q いよいよ、そこから天守閣に私たちも行きましょうか。
そうですね、天守閣に向かいたいと思います。

6/26放送 戦災遺族会②

2025年6月26日

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今日も昨日に引き続き戦災遺族会理事長の田中誠三さんにお話を伺います。

Q. 生の体験したお話を遺族会で小学校に行ったりとか、みなさんに話をされる機会はあるのでしょうか?
お話に行きましょうか、というこちらからのアプローチがしにくいんです。こういう話は。
学校でそういうことを学ぶ、という時間帯があったので、向こうからも「田中さん、すまんけど・・」ということで

Q. 小学生の子どもたちからどんな質問とかどんな感想が、田中さんがお話された後にありましたか?
行くたびにね、感想文を書いてくれて、するどい事を感じ取ってくれてる。

Q. それ以外にも戦災遺族会では和歌山城公園の北にある汀公園に大きな戦災死者供養塔がありますが、そちらもみなさんで清掃されたりとかしていらっしゃるんですか?
そうですね、それはやっぱりきちっと。

Q. 供養塔の掃除以外にも毎年、追悼法要も行われていますよね。
はい。7月9日、きちっと執り行ってます。

Q. 今年もされますか?
はい。

Q. その法要をしたり、清掃活動も毎月9日、汀公園で清掃活動をされているのですが、時間は大体何時くらいでしょうか?
僕らは7時ころから9時半ごろまでですが、ま、バラバラに来られて・・。年寄りのことやから派手に活動できんので、手に追えないところは市役所の公園課に頼んで、そういうとこですね。

Q. 遺族会の活動を一緒にしてみたいな、また、お話を聞いてみたいな、という方は、毎月9日清掃活動をされているということですので、足を運んでいただいて直接お話を聞いていただければと思います。
最後に市民のみなさんにメッセージをお願いします。
戦後80年ということですけれども、(当時)9つだった私が89歳。それが覚えている記憶の最低年齢と言われますが、昨日の如く覚えているということで、決して忘れることができない7月9日。私たちは6月22日。
まだたくさん遺族会に入っていなくても、各々経験した人がたくさんいると思うんですけれども、もし、足腰が丈夫なら7月9日の慰霊祭にどうぞ、来ていただけること願っています。

和歌山市では7月9日(水)午前10時から和歌山城ホール4階大会議室において、和歌山市戦没者戦災死者合同追悼式戦争の悲惨さと平和の尊さを後世へ継承することを目的に、開催します。
どなたでもお越しいただけますので、ぜひ、お越しください。

6/25放送 戦災遺族会①

2025年6月25日

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令和7年は太平洋戦争から80年の節目の年です。和歌山市でも1945年7月9日の大空襲でたくさんの方が亡くなられました。今回は戦災遺族会の理事長の田中誠三さんにお話を伺います。

Q. 当時、田中さんはおいくつでいらっしゃいましたか?
9つですね

Q. 7月9日和歌山大空襲の前に空襲を体験されていらっしゃるんですよね
6月22日朝の9時7分、と聞いております。家に直撃弾が落ちたということです。防空壕の側にいたのは姉二人と兄と自分。表の店には母親がおりました。

Q. 空襲だ、というサイレンが鳴って・・・
ある人に言われたらエンジンを切って飛んできていたと。飛行機の音が聞こえない。あっ!と空を見たら小さい丸のような物がだんだんパッパッパと大きくなって、それと共にザーという音で防空壕に飛び込んだ。後は記憶にないです。
生き埋めって、土の中に埋まって苦しくてしんどいと違うか、って聞かれることもあるのですが、段々と意識が失っていく、って、ただそれだけやね。
時間がどれ位経ったか知らんけども。一番最初に気がついたのは小松原5丁目にある大きな天理教の教会の座敷の中でパッと気がついたんやね。それが初めてです。
それから、また気を失って、砂の丸の広場の横の道を通ってる時に、タンカに乗せられてる時に気がついて、でまた、気を失って、今度、気がついた時は今の市役所の横にあった和歌山市民病院の病室に寝かされてましたね。

Q. その後になるんですよね、和歌山大空襲が。
そうですね。7月9日ということは、腰を痛めて歩けなかった自分も歩けるようになってて、本町4丁目のおばの家にやっかいになってた時でしたので、走って逃げることができました。あれはもう、むちゃくちゃ逃げたんやろうね〜。
下から一発も弾も打たないんやから飛行機がものすごく低空に飛んでね、そのB29のお腹の方が下の燃えてる火で赤く染まって、そこから焼夷弾がはじめ一つ火がぽ〜と落ちるんです。ほんで途中から束ねているところの焼夷弾が火がついて、ば〜っと何十発も落ちるという、そういう様を土手から見てたんだよね。
逃げてきたお母さんが子どもと離れたかしてね、その時の声が今だにハッキリ、ものすごく悲しげな声で「いさむや〜」「いさむや〜」呼ぶんですけど、それがいまだに耳についている

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