9/17放送 知ってるようで知らない和歌山城の歴史「岡口門近くの石垣」

2026年9月17日

☆本日の放送はこちらからお聴きいただけます☆

知ってるようで知らない和歌山城の歴史について、和歌山城整備企画課の伊津見孝明さんにお話を伺います。

Q さて、昨日は「岡口門」についてお話を伺いました。 そこから中に入ってきて、動物園に行くまでの広場、こちらも桜がたくさんあって、桜の季節、多くの人でにぎわいます。
こちらの場所にも秘密があるということですが、どんな秘密があるんですか?

豊臣の時に築かれた石垣と徳川の時に築かれた石垣がくっついている城内でも珍しいところじゃないかなと思います。

Q 「岡口門」を入って、まっすぐ来た突き当たりにある石垣なんですが、真正面は石が積まれたって感じの石垣、そして左側が綺麗に計算された石垣がガシッと相まってますね。
はい、そうなんです。 右側のこの石垣が結晶片岩の野面積みの石垣になります。 野面積みというのは、岩山から切り出した石をあまり加工せずにそのまま積み上げた、非常に荒々しい積み方をした石垣になりますが、よく見ていると青っぽい石なんかもあって、紀州の青石と呼ばれている結晶片岩がふんだんに使われているということがわかります。

一方で、この石垣の左側の石垣を見てみますと、全く違う色をした、しかも形も非常に整った積み方をした石垣が見られます。 これは砂岩という、加工しやすい石材、柔らかい石材を使った、積み方としては切り込みハギに限りなく近い打ち込みハギという曖昧な表現になるんですが、柔らかい砂岩という特質を利用して、ブロックに近い形にまで加工して積み上げた整った新しい時代の石垣になります。

Q これ、どっちが豊臣時代でどっちが徳川時代なんですか?
結晶片岩の野面積みの石垣が豊臣時代の石垣、左側の砂岩のこの切り込みハギに限りなく近い打ち込みハギの石垣が徳川時代の石垣になります。

Q ということは、先にあったところに徳川の塀がグッと伸びていったって感じですね。
そうですね。もともとあった豊臣時代の結晶片岩の野面積みの石垣に、砂岩のこの徳川時代の石垣がくっついたような形になります。

Q ここにその時代を感じる場所があるんですね。
まさにこの両者の間にはどれだけ差が、開きがあるかわかりませんが、少なくとも50年以上の時代差があると思います。

この2つの石垣を見ることで、和歌山城の石垣の変化の具合、それから石垣の石の加工技術や積む技術がどれだけその時代によって変わっていったか、進化していったかというのがここに立つことでわかる、という、そういう場所になります。

Q この場所で何か他に皆さんにというのはありますか。
実はここにも規模は小さいですが石垣の上に上がるための雁木があります。以前紹介した時は砂岩で作られた雁木でしたが、これは結晶片岩で作られた非常に荒々しい削り方をした雁木になります。

Q ということは、この上に櫓があった、ということですか?
江戸時代の絵図を見てもこの上には多聞櫓という櫓があって、この階段はその櫓に上がるために作られたものになるということになります。

今はその雁木の先には動物園があるのですが、是非みなさん岡口門を入ってこられて動物園に行く前に石垣を見たり、雁木を見たりして、歴史に触れてみてはいかがでしょうか。

TOPへ戻る
a